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青二才が視る社会

社会について、思ったことをあれこれ稚拙ながらも書いていきます。

ゆとり教育の現実

ゆとり教育

 

 

 

よく、槍玉にあげられる教育改革

 

これによって学力さがったとかなんとか

 

 

 

今回は、その是非はともかく

 

私が実際にゆとり世代として見てきた

現実を書いていきます

 

 

 

 

 

 

 

①ゆとりのない「ゆとり世代

一部にはこれが当てはまると思います

 

 

 

 

 

土日が休みになって、学習時間が減った!?

 

なんて言われたりしますが

 

 

 

小学校は稀にしても、中学校や高等学校では土曜日には土曜日には補講などの形で通常よりも実践的な授業があったりします

 

 

また、小学校から塾に通っている子供も一定数います

 

 

 

 

 

低学年から週に2、3回の塾講義

 

塾でも学校のクラスに近い人間関係があります

 

学年を専攻した内容を扱ったりするので当然ついていくのが大変です

 

 

 

そして同時に感じていたのが、学校の勉強はなんで簡単なんだということ(生意気ですね)

 

塾で既習だったことを差し引いてもです

 

 

 

 

 

これはつまり、ゆとりだからとその代わりに塾などで過分に学ぶ子供と

 

 

ゆとりに合わせているだけの子供とでものすごい格差があるという事です

 

 

 

 

 

よく言われているかもしれませんが

 

ゆとり教育の現実の1つは

 

教育の格差の拡大なんですよね

 

   

 

 

情報機器の発達もありましたら、上層の子供に関しては

 

 

それ以前の子供と比べて知識量も多いことは間違いないと思います

 

 

※円周率が3だったという人にはあったことありません笑

 

 

 

 

 

 

 

②ゆとりは優れた発想は産まない

 

大綱など熟読したわけではありませんが

 

ゆとり教育を図った狙いの1つとして

 

のびのひと育つことで、自由で優れた発想が生み出されることを期待した

 

ということもあると思います

 

 

 

しかし、芸術分野で評価される人や物って

明らかに昔の方が多いですよね

 

映画監督に建築家、音楽家なと

 

私自身も時代の当事者として

昨今の流行物をある程度は楽しめますが

 

 

純粋に質という点で、過去の作品の方が楽しめると感じます

 

 

 

ちよっと、うまくまとまらなくて申し訳有りませんが

 

 

 

1番言いたいことは、

 

ゆとり教育は、該当年代を遍く無能にしたのではなく

 

 

むしろ、上層においてはそれまでの時代の比ではないほどに多能な人材を生み出している

 

 

そして、同時に教育やキャリアアップに関わってその格差が大きくなった

 

 

ということです。

 

 

 

 

 

テレビアニメのエリート家族

みなさん、

 

アニメはご覧になるでしょうか?

 

 

 

 

私は世間に言う、サブカルチャーに属するようなアニメにはもっぱら疎いです。

 

 

 

見るのは、

 

サザエさん

クレヨンしんちゃん

ドラえもん

ちびまる子ちゃん

あたしンち

 

これくらいのもので

 

 

 

今回、お話ししたいのは

「テレビアニメのエリート家族」

 

 

 

よく散見する話だと、

 

クレヨンしんちゃんのヒロシはハイスペックだ!!」

 

 

みたいなところです。

 

ちびまる子ちゃんは、少しないように当てはまらないかもしれませんが…)

 

 

 

 

本題に入ると

 

 

 

上記の大衆アニメというのは

 

 

子供が、社会に対する知識、感覚や意識がない段階で受動的に社会の縮図を植えつけられる機会だと思うのです

 

 

つまりは、これらのアニメで見る家族を

 

「一般的な家族」だと、それを見る子供は感じる傾向にあるのではないか

 

 

 

 

 

少なくとも、私の周りでは

 

・首都圏に持ち家があり、東京都心、副都心にオフィスがある

・子供が複数人いる

・そしてこれらを実現しある学歴を有している

(国立大学や早稲田大や慶應大学、明治大学など)

 

 

幼少にはこういった条件を当たり前のことに感じていたという人がいます

 

 

 

 

しかし、実際には首都圏に持ち家があることは進学及び就職において過分なアドバンテージですし

 

 

前述の大学に適う学力や経済力も、限られた人しか有していないものです

 

 

 

 

 

 

クレヨンしんちゃんのひろしは当然ハイスペックだし、

 

 

その妻のみさえも勝ち組

 

 

 

その子である、しんちゃんもひまわりも同じ

 

 

 

 

都心に平屋のある、サザエさんも勝ち組!

 

 

 

という話です。

 

 

 

 

 

当たり前のことのようですが、

 

みなさんも子供の頃に想像していた

 

「サラリーマン」について思い返してみてください

 

 

まず、東京にオフィスがありませんか?

車も家もある設定になってませんか?

なんとなく、一流大学出身になってませんか?

 

 

 

でも、そんなのごく一部ですよね。

 

 

 

 

いずれ、キャリアステージを経ていく中で気づくことではありますが

 

 

無邪気にみていたアニメを斜めから見ると、

こんな見方もできるのではないでしょうか

 

 

 

 

 

 

 

野球人口のエトセトラ ③プロアマ間の軋轢

③プロアマ間の軋轢

 

 

ここでは、プロアマ間の問題とそれを取り巻く組織について

 

まずは、有名な「柳川事件

約半世紀前に起きたんですが

 (事件の詳細は省きます)

 

結果から言うと、この事件で

プロアマ間の溝が深まり決定的な対立を生み

 

元プロがアマチュア野球に関わらない

 

という状況が生まれました

 

 

 

ただし、この他にも対立の要因となりうることがあります

 

 

1つ目は、読売新聞 対 朝日新聞 毎日新聞

 

これは言うまでもなく

 

巨人【プロ野球】と甲子園【高校野球】の話です

(巨人とプロ野球を同列に捉えるのは語弊があるかもしれませんがお許しを…)

 

政治的にもスタンスの異なる新聞社が

野球という1つの競技の中で、異なる形の最上位のコンテンツを有しているわけです

 

 

顕在的な問題があるわけではありませんが、

この点からも

プロ野球高校野球には相入れない点があるんですね

 

 

 

 

2つ目は、野球競技全体を統括する組織が存在しないこと

 

 

日本において野球の頂点近くに位置する組織は

 

前述の日本野球機構 NPBなんですが

 

本来これはただの、国内リーグ

 

 

そのために、各アマチュアの野球機構NPBからの直轄の要素もなく混在しているんです

 

 

要は、プロアマどちらに対しても中立と言える組織がないわけですね

 

 

 

浅はかな考察かもしれませんが、

上記2点がプロアマ間の軋轢なくす障害の1つだと思います。

 

 

 

 

野球人口のエトセトラ ②北米スポーツと国際大会

②北米スポーツと国際大会

なぜ①で述べたように、テレビなどのライト層が受動的に目に触れるの減少したのか?


野球が北米スポーツであることが要因だと思います。


北米スポーツと言えば、

バスケ
野球
アメフト
ホッケー

などですが、

 

大きな特徴が国内リーグ至上主義でしょう。

 

 

野球でワールドシリーズというように

 

国内リーグが世界最高の実力と権威のある舞台

とされている面があると思います。

 


昨今、一般社会的な潮流としてテレビ離れが進む中でも大きな注目を維持しているのは

 

 

国の威信のために

 

こうした部分が掻き立てられる国際大会

 

 

オリンピックやワールドカップに各世界大会です。

 

 

 

純粋にプロスポーツの人気という点では、

日本でおそらく圧倒的一番手の野球ですが

 

 

国際大会の脆弱さは大きなハンデです。

 

WBCなど、プロスポーツが大きいので短期的には流行らせることは容易でしょうが

 

 

国際大会に1番大切なのは、競技者にとってどれだけ権威のあるものか。

 

 

 

レベルは違いますが、一つの目標としてWBCよりも甲子園に出たいという球児の方が多いでしょう。

 

また、オリンピックも東京ではあることにはありますが

 

情報通信の発達した現代

 

いくら媒体で煽ろうが、50%でメダルの取れる団体競技が国際舞台と言うのはおかしいと思われるのは当然です。

 

 

国内リーグ至上主義で発展してきた故に、今更国際大会の権威を上げていこうとするのは大変難しいことだと思います。

 

WBCやオリンピックに躍起になることは不毛であると思います。

 

 

野球人口のエトセトラ ①野球人気は低下したのか(してない)

1月16日、ミズノを筆頭とした国内野球関連用品メーカーが合同で「一般社団法人 野球・ソフトボール活性化委員会」を発足させることが発表されました。

http://www.sanspo.com/smp/baseball/news/20170116/bbo17011618130001-s.html

 

背景には野球人口の減少があるようで、特に低年齢層での減少が顕著なようです。少子化問題もありますから、減少傾向にあることはやむを得ませんがそのペースよりも野球のそれは急だと言います。

 

 

今回、異例とも言える競合関係にある同業他社での協力体制が実現したわけですが

  (ミズノは野球が主力だったために、低迷し業界トップが今では三番手となっているなどの事情)

 

 

なぜ、野球人口が減少したこのような状況になったのか考えていきます。

 

①野球人気は低下したのか

②北米スポーツと国際大会

③プロアマ間の軋轢

 

 

 この3点について話します!

 

 

 ①野球人気は低下したのか?

野球人気は落ちていないと思います。

「大衆文化」から「大衆的スポーツ」への変化

これが起きたということだと思います。


わかりやすく言えば、テレビでみんなが見るほどのものじゃなくなったけど、実際見に行く人やファンの数は多いと。


人気低下というと、論争が起こりがちですが
上記の事実を真摯に受け止める必要があります。

 

この変化は、テレビなどのライト層が受動的に目に触れる可能性を少なくした点では、野球人口減少の一因だと思います。

 

 

 

 

 

 

今年のサンジョルディ誰に本あげようかな?

「今年のサンジョルディ誰に本あげよかったな?」

 

「奮発してハードカバーにしようかなぁ」

 

「漫画もありかなぁ」

 

「どんなブックカバーにしよう…」

 

 

上記は、

 

 

サンジョルディの日」が「バレンタイン」のように商業化されていたら

 

 

という妄想です

 

 

4月23日 サンジョルディは、好きな異性に本をあげて告白する日になっていた

 

 

という想像です

 

 

「サンジョルディ・キッス」なんて歌を流行っていたのかもしれない

 

 

 

つらつらとしょうもないことを書きましたが

 

サンジョルディの日

 

個人的にはバレンタインより好きです

(同世代からチョコをもらえないことを抜きにしても!!)

 

 

素敵だと思います

 

 

 

実際には

「本をあげよう」

 

ではなく

 

「本を読もう」の日になってますけど。